つくし(土筆)って食べられるの?

つくし

春ですね。毎朝愛犬の散歩に我が家の裏手に広がる田んぼの農道を歩くのですが、土筆(つくし)が盛大に生えてます。

いくらでも生えてきます
見渡す限りの土筆たち

可愛らしい感じで群生してますが、これって食べられるのでしょうか?

つくしの群生
食べれるとして、美味しいの?

子供の頃に母親に聞いた事があります。「土筆って食べられるの?」って。母親曰く、食べられるんだそうな!戦時中は食べる物が無くて何回か食べた事があると。食べられると解ると食べてみたくなるのが子供の性。

その日学校が終わるとスーパーの買い物袋がパンパンになるほどの大量の土筆を持ち帰り、母親に「料理してみて!」と頼んだのだが、全部捨てられたのは良い思い出。(悲)

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つくしの料理法をググってみたよ!

土筆を食べられるようにするには、まずは「はかま」を取らなくてはいけないらしい。

つくしんんぼ
そこまでして食べたいとは思わない(笑)

いやいやいや、こんな細くて小さいつくしに対してはかまは一本に付き3ヶ所。それが何百本とか、まず無理。そこまでして食べたいほど美味しいのか?ブログネタ的にはそこまでして食べてみてレポするのがネタ的には美味しいんだろうが、流石に僕もそこまで暇人じゃないので却下!

お袋が全部捨てた時の気持ちが少し判った気がした。コシアブラとかの「はかま取り」とかは全然苦にならないけどね、コシアブラは美味しいもんな。

はかまを取ったら、熱湯に15秒位放り込んでアク抜きをした後は「おひたし」や甘辛く煮た後に「卵とじ」などで食べると良いらしいです。今度自分が食べる分だけ20本くらいなら取って来てやってみても良い気がするが。

今回は「企画倒れ」って事で辞めておきました。(笑)

・・・と、思ったら!!

お友達の大盛りユキヒロックさんが既に食べて記事にしていました!(大爆)

つくし所じゃねぇ、もっといろんな雑草喰ってますがな!恐るべし大盛りさんwww タンポポ美味いのか・・・(笑)

ザリガニ釣りに夢中だった少年時代

番外編で小学校からの親友の「ともゆき(仮名)」の幼少期の話も思い出したのでついでに書いておきます。

僕らの住む地域には全国的に有名なお寺があるのですが、そのお寺の池ではザリガニが沢山釣れたのでした。現在は勿論ですが、当時も基本「立入禁止」だったのですが、昭和の子供たちは平気で入り込んでザリガニ釣りをしておりまして、ザリガニ釣りのメッカでした。

ザリガニ釣りは楽しい
本能の赴くままに生きる小学生のガキの狩猟本能を満たすには絶好の遊びだった訳です。(笑)

その日も、ともゆきは竿代わりの割り箸に糸を結び、その先に餌代わりの「よっちゃんいか」を結びつけたタックル(笑)で、ザリガニ釣りを楽しんでいました。

釣れるは釣れるわで、子供なんて馬鹿なもんだから釣ったザリガニをリリースする、なんて高等技術は知らない。

ともゆきはバケツいっぱいのザリガニを家に持ち帰ると、「今直ぐ池に戻して来い!!」と母親にえらい勢いで怒られたそうです。(当たり前だよねw)

ザリガニ
赤いやつは「真っ赤」とか「マッカチン」とか呼ばれてザリガニの中でも希少価値が高い。

そこでともゆきが出た行動は、庭の片隅でお母さんが大切に飼っていた金魚のプラスチック製のひょうたん型をした小さな池に、事もあろうかザリガニを全部ぶちまけた。「してやった」感のともゆき。この時点で小学生5年生である。悪いやっちゃ。

数日後の夕飯がやけにご馳走だった件

数日後の夕飯の食卓には、大量のエビフライが。それもやけに小さい。殆ど「小エビフライ」だ。それが家族の食卓、それも「ともゆきの席の真ん前に鎮座」している。

ともゆきの兄や妹が手を伸ばそうとしたら、母親が烈火の如く「それはともゆきだけのオカズだから手を出したら駄目!」と怒る。

これがまさかあのザリガニとはwww
なんて美味しそうなんでしょうか。(笑)

ともゆきは脳天気に「俺、今日誕生日だったっけ?」と恨めしそうな兄弟の視線を尻目にエビフライを食べまくったそうな。まぁ賢明な方はここまで読んだらおわかりでしょうが。(笑) 

ともゆきがこのエビフライ?を半分以上食べた所で、お母さんが「ともゆき、美味しいか!?」って聞いて来たので「最高です!」と答えたんだとか。

「それ、お前が捕まえてきたザリガニだよ!」

ともゆきの母ちゃん、GJでした!後の話では本当にザリガニを料理して出した訳では無く、新潟特産の甘エビ(南蛮えび)だったらしいですけどね。

それでもともゆきは暫らくトラウマになってしまって、其れからというもののエビ料理が出てくるとザリガニにしか見えなくなってしまったんだとか。(笑)

なんか土筆の話から随分と脱線してしまいましたが、「食に関する思い出」って事で、どうかご勘弁を。

ちなみに後日談ですが、お袋がまだ元気だった頃に「なんであの時は土筆を料理してくれなかったの?」って聞いた事がありました。お袋曰く、お袋のお兄さん(僕にとっては叔父さん)は戦争に行ったんだけど、戦地では食べられそうなものはなんでも口にしたんだとか。ジャングルで芋虫食うのとか普通。

そんな話を良く聞いていた事もあって土筆を料理すると、頭の部分が芋虫に見えて「戦争終わったのになんで未だにこんなものを食べなくちゃいけないの!」って思ってしまったんだとか。

今みたいに飽食の時代なら珍味として食べてみるのも良いのだろうが、当時は食べる物が無くて仕方なく嫌々食べていたので、とてもとても美味しいとは思えなかったのだとか。

今年は戦後74年でしたっけ、元号が変わる今、これからの子供や孫達の未来や自分達の老後も含めて色々と考えなくてはいけない時期ですね。

戦争なんて僕たち国民には失う事ばかりで得することなんて一つもありません。日本は二度と戦争に巻き込まれてはいけません。戦争なんて無い本当に平和な世の中になりますように切に願う次第ですね。

それじゃ!

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